相談事例⑧ 50代 女性

2017/04/18

容姿に自信が無く、人が怖いと思って生きてきました。

なるべく人と関わらぬように、目を合わせぬように、静かに生きてきました。

男性とお付き合いした事は無く、このまま自分の人生は終わっていくのだ、と思ったら何とも言えぬ寂しさがありました。

 

何が寂しいのか、何が怖いのか、具体的には答えられませんでした。

ただ、テレビに映る人と自分が同じ人間でありながら、何故こんなに感情表現が違うんだろう、いや、上手なんだろう、と思いました。

テレビの世界だからだよ、と自分に言い聞かせてみては違和感があり、これで人生終わるのは嫌だ、と感じました。セミナーに参加してみましたが、人が怖くて最後まで続かない。隣に誰かが座っているだけでも恐怖でした。

私は心の病気なのでは、とも思いましたが、病院に行く勇気さえありませんでした。

カウンセリングというものは初めての経験でしたが、顔を見られなくて済むのなら、と思いきって先生に電話しました。

結果、顔を見られないで済む、では無く、心の奥深い所まで見られてしまいました。

何故?何故?何故分かるの?何故私の苦痛が分かるの?何故私の孤独が分かるの?

そうなの、こんなに寂しかったの、感情を押し殺していたよね、

と、次から次へと蓋をしていた感情が一気に噴き出たのを覚えています。

その反動で、逆に、先生に私の何が分かるんだ、と食って掛かる時もありました。

 

先生は最初から最後まで淡々と、しかし適格に私を受け入れ、分析をしました。

 

もういいんだ。自分を好きになってあげていいんだ。この容姿でいいんだ。

そう思えるまでは決して楽な道のりではありませんでした。

 

何度、セッションを諦めようか、と悩んだか。

その時先生は「継続するか、おしまいにするかはクライエントの〇〇さんが選択する事ですよ」といつもと変わらず、優しく言いました。

一旦自分と向き合う辛さからセッションを中止しました。

その後の生活の中で先生のお話ししていた事がああ、これだ、と気付く事があまりにも多く、また再開しました。

中止して分かった事が沢山ありました。

しばらくして、また先生に連絡した時、何事もなかった様に接してくれたのがとても嬉しかったです。

「違う考え方を、自分を愛する方法を知りたい」これが1番の思いになりました。

そして、感情表現も出来るまでになりました。

 

今はおかげ様で卑屈な自分から卒業出来ました。

結婚相談所にも登録出来ました。ワンピースも買いました。

1歩前に踏み出すお手伝いをしていただけた事はご縁としか言いようがありません。

「解決出来る」と言ってくれた先生に感謝しています。

あたってくだけろ、まで思える様になりました。

でも、くだけない様に生きていきます。